没後20年 中原淳一展 : 横浜そごう

憧れの乙女像はいつだってオトコノヒトが綴る。その中の彼女たちは彼らの視る女の子たちは、無秩序にして崇高、強くたくましくそして美しい。憧れの乙女像はいつだってオトコノヒトが綴る。でもこれって例の属性のひとたち風に云うならば、男にとって都合の良い価値観の植え付け(良妻賢母、そのうえ美しく、だなんて?)とかそんなこと? もしくは女性崇拝は女性蔑視と同義だとかなんとか云うの? きゃアアアア、そんなくだらないことなンてどうでも良い、どっちしろすべてはけっきょく愛と美しいもの勝ちの世界なのだから。たとえいまそれが掃き溜めの中にあったとしてもね、世界が終わって始まって焼け野が原から掘り起こされるのはいつだってそういう類のものだもの。美しく在りたい心、在る覚悟を抱えて、ドキドキしながら会場を歩く。そうしたら、小さな女の子が絵を観て「このひと(こんな澄ました顔して)スイカ持ってる」なんてなんとも“らしい”冷酷なつっこみを入れてた。心底愉快な気持ち。素晴らしすぎる、それでこそ女の子よ。(20030307)