聖少女 : 倉橋由美子 ISBN:4101113092

 
─ 失い続けるのが男の子の宿命なら、持て余し続けるのが女の子の試練であり、
  彼らはどこまでも未来を目指して走り、彼女たちはいつまでも永遠の中に佇む。
 
聖少女「男子ってほんっとバカよねー」みたいな揶揄が女子のくちびるから飛び出すとき、それは幼少期の頃から慣れ親しんでいる挨拶を口にしているだけであってそこにはほとんど意味なんてない。けれど『聖少女』では、女子の口からそれが語られるのではなく、男子一人称で物語を紬ぐとこによってその行動そのものによって愚かさ加減が無意識的に抽出されている分、辛辣でシャレにならないと思う。作者のその技巧に拍手を贈るまえに、それをやり遂げさせたエネルギーのもとに想いを馳せてしまうよ。もちろん斜に構えた彼が語る女の子への見解だって、女の子の日記の中で語られる同性へのそれだって十分厳しいもの。だけど、呪いのような批評眼は男子により熱く注がれているから、それはやっぱり思いつめた痛々しい愛であり願いにしか見えないよね。
 
《ぼく》が語る自動車事故で記憶喪失におちいった《未紀》との関係。その《未紀》がノートに綴っていた《パパ》との関係。そして、そのあいだに挿入される《ぼく》と《姉》の関係。3つの歪な関係の過去と現在が真夏の蜃気楼のように不定型にゆらゆら揺らめいている、作者にとって最後だという少女小説。宙ぶらりんな状態にあって少女の魔性を言い訳に自分勝手に暴走する男の子の前で、「あたしのこと好きなんでしょう? 触れ合えて幸せなんでしょう? だけど男の子が女の子になにか特別なことを想うときは、それを所有する夢も込みなんでしょ? どうせ月になんか帰さないつもりなんでしょう? ファム・ファタルとか云ったって、身分不相応なのがほんとにわかっているんならこんなメンドクサイこと云いだすはずないじゃない。あたしを手に入れようと思わないで。手に入れようとするなら、そのときはすべてが凍りつくとき。無に帰ることもないままに途切れるときなの。ああもう、だったらいっそ奴隷になればいいのにね!」なアんて、ゆくゆく自分に跳ね返ってくる八つ当たりでしかない乙女の祈りを抱えたまま、緩やかに停止していく女の子の話。彼女は単なる証人としての役割しか担っていない彼を残して、完全に閉じ永遠の中に《聖》少女性を焼き付ける(イノセンス それは、いのち。なんつってなー)。そして、彼も「これがぼくにおこったことなのだとぼくは知った。要するに、なにごともおこらない」と悟り、彼女の完全犯罪はハッピーエンドで終わる。
世界の愚鈍のすべてを冷たい愛と平たい視線でやり過ごしてきた、神々しくも幼稚な不可侵性の終幕。ただ、なんだか一瞬あとには聞こえてきそうだよね、アスカと同じの「気持ち悪い」。地獄どころか恋にさえ落としてくれない彼のことなんてどうでもよくっても、でも仕方ないんだ、それこそが他者との交わりのはじまりなんだもの。
 
近親相姦とかね、この物語に横たわるそのほかの要素について触れなくて良いのか、と思うけれど、でもそれはあまりにもいわずもがなだものね? もしも生まれつき刻まれた《縁》より強い存在と理由が現れなかったら、あるいは誰だって、ねえ? 作中では「精神的王族は自分たちだけで愛しあい、神に対抗して自分たちもまた神の一族であると主張することがゆるされるのだ。それ以外の近親相姦は──賤しい事件にすぎない」とも云われているけれど、むしろそこに必要以上に悪徳や耽美を感じるのは無粋に思える。どちらかと云えば、父と娘の偽りの愛よりは母と娘の冷戦。ちょうど、将来娘が生まれちゃったらどうしよう、ひとつ屋根の下に自分以外の(しかも若い)女の子がいるなんて状態信じられないよ とかなんとか思い詰めそうなところだったから、はっもしかして娘側からしてみたってそれは同じなのか! ひぃ! わたし殺されるかもぢゃん! と再読中に奮えてしまったわ。たぶんきっとそのときがきたら《女の子》を捨てる覚悟で臨まなくちゃならないんだろうな、そもそもすべてが杞憂なんだとしても。
 
とにかく、未紀やそして作者がどういう心持ちであるかはともかくとして、これを若い男の子と女の子の青春としてしか読めない(だって、クライマックスに疾走するんだよ、ふたりは! そんなの青春でしかない!)わたしは、やっぱり他者としての男の子が大好きなんだと思う。恨むし憎むし蔑んで信じられない、から、恋しくて愛しくて知りたくて憧れているのだね。そして人生は続く! 愛と憎しみも続く(わーい、どらまちっくですぺくたくるだ、ちょうたのしいねっ)! 
 
さて、最後に物語としての日記書き乙女たちにうってつけの抜粋を。
「あたしの分泌したことばは、現実をとかして、
 現実と非現実の境にゆらめくかげろうのなかにあたしをとじこめるための呪文」
というわけだからね、いろいろ真に受けたり受けなかったり翻弄されてみてよ、男子!